take me down to the…

 大抵のイズムとか主義とかいうものは無数の事実を几帳面な男が束にして頭の抽出へ入れやすいように拵えてくれたものである。一纏めにきちりと片付いている代りには、出すのが臆劫になったり、解くのに手数がかかったりするので、いざという場合には間に合わない事が多い。大抵のイズムはこの点において、実生活上の行為を直接に支配するために作られたる指南車というよりは、吾人の知識欲を充たすための統一函である。文章ではなくって字引である。

 余は子規の描いた畫をたつた一枚持つてゐる。亡友の記念だと思つて長い間それを袋の中に入れて仕舞つて置いた。年數の經つに伴れて、ある時は丸で袋の所在を忘れて打ち過ぎる事も多かつた。近頃不圖思ひ出して、あゝして置いては轉宅の際などに何處へ散逸するかも知れないから、今のうちに表具屋へ遣つて懸物にでも仕立てさせやうと云ふ氣が起つた。澁紙の袋を引き出して塵を拂いて中を檢べると、畫は元の儘濕つぽく四折に疊んであつた。畫の外に、無いと思つた子規の手紙も幾通か出て來た。余は其中から子規が余に宛てゝ寄こした最後のものと、夫から年月の分らない短いものとを選び出して、其中間に例の畫を挾んで、三を一纒めに表裝させた。

 また正月が来た。振り返ると過去が丸で夢のやうに見える。何時の間に斯う年齢を取つたものか不思議な位である。
 此感じをもう少し強めると、過去は夢としてさへ存在しなくなる。全くの無になつてしまふ。実際近頃の私は時々たゞの無として自分の過去を観ずる事がしば/\ある。いつぞや上野へ展覧会を見に行つた時、公園の森の下を歩きながら、自分は或目的をもつて先刻から足を運ばせてゐるにも拘はらず、未だ曾て一寸も動いてゐないのだと考へたりした。是は耄碌の結果ではない。宅を出て、電車に乗つて、山下で降りて、それから靴で大地の上をしかと踏んだといふ記憶を慥かに有つた上の感じなのである。自分は其時終日行いて未だ曾て行かずといふ句が何処かにあるやうな気がした。さうして其句の意味は斯ういふ心持を表現したものではなからうかとさへ思つた。

  

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